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あるまじろ日記

武装はそこそこに、ちいさいもの、です。

ねむねむの木

きのう夜更かしして今日はいつもより朝早起きで、たぶんとても寝不足。もやもやとした不安感とかなんとなく胃もたれとか、きっと全部寝不足のせい。こういうときは判断力も鈍いから早く寝るに限ります。もうこんな時間だけど。でも22時までお仕事(持ち帰り)してたことを考慮するとなかなかてきぱきと寝る支度ができたのではないかしら。

 

とか言ってないで寝ましょう。動悸がして手が震えます。ねむいです。明日も早起きです(めざせ6時出発)。

思い出のガラケーちゃんたち。

特別お題「おもいでのケータイ」

 

初めてのケータイはVodafone 705Tでした。サマンサタバサとコラボしたか何かのピンクの子。

Vodafone 705T | お客さまサポート | モバイル | ソフトバンク 

これだ。

中学の終わりくらいから高校1年?2年?くらいまで使ったはず。音楽聴けるのが嬉しかったなあ。

 

その次が820SH。

THE PREMIUM 820SH | お客さまサポート | モバイル | ソフトバンク

高校の頃使ってた思い出としてはこっちの方が強い。大学1年の時もまだこれ使ってたはず。懐かしい。初めてできた彼氏と嬉々としてメールしてたな。今では考えられません(そんなエネルギーない)。この子は捨ててないはずなので、見ようと思えばメールとか見られるはず。見たい気もするけど、気分悪くなる気もする……。思い出はそのまま忘れてる方がいいよね!

 

ここまで書いて気づいたけどこれauのキャンペーンなのね。10年以上ソフトバンクユーザーですごめんなさい。でもauのCM好きよ!

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断食中

1日だけのプチ断食を決行。明日は回復食。お粥が食べたくてしかたありません。

家でDVD観たり本読んだりしてたけど、食べ物の描写がいつも以上に気になってしまいますね。ドラマ「フレンズ」のピザやマフィン、映画「イニシエーション・ラブ」のロールキャベツに焼き鳥、居酒屋メニュー数々……!今読んでる「エマ」(ジェーン・オースティン)に出てくるお粥まで美味しそうに思えてきて、オートミールを検索するなど。

ちょこっと買い物に出たら、普段より嗅覚が敏感なのか、やたら食べ物のにおいがする。たこ焼き、ワッフル、お好み焼き……。しかし回復してからじゃないと食べられない!明日は重湯→お粥→にゅうめんの予定!野菜はいま大根と人参しかないから買いに行こう!ついでにオートミールも飼おう!イオンだ!

春を食す

チンゲンサイのとうを茹でます。

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菜の花より苦くなくておいしい。味はチンゲンサイ。さっと茹でたら色鮮やかで目にもおいしい。嬉しくなってお風呂で食べました。

 

チューリップはぐんぐん伸びてきて、いろんな植物が花を咲かせ始めています。ベランダも畑も賑やかになってきました。雑草と呼ばれる野生の草たちも元気いっぱいなのでそろそろ草取りをせねば……。もう少し具合が良くなったらこの土日にやってしまいたい。

 

昨日の記事にコメントを下さった方、ありがとうございます(返信して気づいて頂けるのかいまいち仕組みが分からないのでここでお礼を)。だいぶ元気になりました。

全力風邪ひきさん

病院に行ってお薬をもらった次の日から新たな症状が出ることありませんか?わたしはあります。突然咳がひどくなってきてとても困っています。会社の人にうつすのは嫌なのでなんとか咳しないでいられないかとがんばるけど無理。鼻の方もまだまだですしなんなら副鼻腔炎になりかけているみたい。鼻かむと頭痛いし下向くと頭痛い。つらい。

ただ、たまにこうやって鼻声になるとなんとなく新鮮な気持ちになりますつらいけど。うまく呼吸ができないせいかすぐ息が切れるし動悸がします。小動物のように脈が速い。

 

とにかくごはん食べて、薬のんで、あったかくしてはやく寝る。細菌に勝てないちっぽけな人間にはこれくらいしかできないのであります。

どうしたって春なのですね

風邪をひいたのかまさか花粉症を発症したのか分かりませんが、体調を崩しました。喉が痛くてだるくて鼻もつまり気味。午前中近所で買い物をした以外は外に出ず家でおとなしくしていました。ペラックT錠というものを初めて服用したけれど、もうあんまり喉痛くない……やるなお主。ただだるさは抜けないまま月曜日を迎えようとしています。5日行ったら三連休、5日行ったら三連休……

 

季節の変わり目はなんとなく気持ちがふわふわとして、突然やる気が出たり、かと思えば何となく不安になったり、落ち着かない状態が続くように思います。最近は「季節のせい」「天気のせい」「気圧のせい」とどうしようもないことのせいにして折り合いをつけています。かみさまごめんなさい。

 

でもそうしてなんとか生きているので許してほしい。

6年前の今頃は

あの日は友だちと会う予定でファミレスにいました。平日の昼過ぎで空いていて、4人がけの席にひとりで座って待っていました。あ、地震だ、と思った時、まだそんなに大きな揺れじゃなかったのに、親子で来ていた小さい女の子が悲鳴をあげたので驚いた覚えがあります。それからの揺れは生まれて初めて感じる類のもので、考える間もなくテーブルの下に入ったし、テーブルの脚に捕まっていないと振り出されそうで怖かった。振り出されたら死ぬ、と思った。

大きな揺れが収まった後もしばらく揺れが続いていたのか、ファミレスの看板はギシギシ音を立てて揺れているし、駐車場に並んだ車も揃って揺れていた。それだけはなぜか面白くて笑えた。静まり返った店内、「お金はいいので皆さん避難してください」という店員さんの声と、ヤンキーの「え、まじでいいんすか?まじで?大丈夫?」という声はよく覚えている。店員さんすごいな、ヤンキーいい奴だな、と思ったから。

とりあえず店から出て、まずは途方にくれた。それから会うはずだった友だちと、父と母と妹にそれぞれメールを送った。そうして、そうだ家に帰ろうと思い立ち、自転車を人生でいちばん速く漕いだ。途中の家の屋根や塀が悉く崩れていて、どこもかしこも灯りが消えていて、家は、家族は、どうなっているかとどんどん怖くなった。揺れている時よりよっぽど怖かった。

家はちゃんと建っていた。そして誰もいなくて、猫だけが2匹いるはずだった。お隣の人が外に出ていて、母はさっき帰って来て、妹を迎えに行ったと教えてくれた。家に入りたかったけれど、揺れは続いていたのでお隣さんに止められた。母が帰るまでは外で待ちますと答えた。「こんなことになるなんて、今年は卯年だから」とお隣さんがしきりに言っていた。

そのあいだ、送ったメールに返信はひとつもなかった。母が無事だったことはわかったけど、父と妹がどうしているか不安だった。父は原研の近くにいるはずだった。

 

夕方になって、母と妹が無事に帰り、怯えた猫たちも家の中で無事に見つかり、みんなで避難所へ向かった。いちばん近い避難所だった中学校は、体育館が崩れたため避難所として機能できなくなっていた。次に行った公民館も最後に行った小学校も人でいっぱいで、車で過ごすことになった。日も暮れはじめた頃、父が帰ってきた。あのとき以来、家族を邪険にすることはなくなった。いなくなることの恐怖は忘れられない。

 

電気もガスも水道もしばらく使えなかったけれど、家も住める程度の被害だったし、身近な人は皆無事だったし、とても幸運だったと思う。それでも、全てなくなったかもしれない、という恐怖は染みついていて、未だに震災関連の報道を見ていられない。無事だったくせに、怖くて仕方ない。そんな自分を抱えたまま、6年が経った。